かわらばん

にゃんこと日常を愛するブログ

発表会

 

 

今日は修論発表会だった。

 

例年であれば、これは大学院での学びの集大成であるから、大学講堂の会場には学外のお客様や先輩後輩からの花束が並び、宝塚なみの扱いを受けられるらしい。

 

しかし、コロナのやつのせいで、会場に入れるのは大学院生と教員のみ。密を避けるため、発表者の主査と副査以外はほとんどが各研究室からzoomで視聴である。

学外のお客様も研究協力施設や実習先の病院の方、しかもzoomに限られた。

 

 

あがり症の私には、お客さん少なくて好都合だったが。

 

発表8分、質疑応答4分、スライドは15枚。

途中ちょっと声にビブラートかかったが、お腹から声を出してふんばった。

質疑応答では、講師の先生に「新しい知見かもしれない。ぜひパブリッシュして深めてください」と誉められ、後輩にも「分かりやすかったです!」「質問の回答、完璧でした!」とか誉められたテヘ。

クラスメイトからも絶賛だった。「質疑応答の日本語が美しい(?)」「ブレがない、論理的だった」「にゃんこらしさが出てた」などなど。

 

ほんとかよお~(照)

 

提出後、ボスにめった切りにされた修論だったが、発表用のスライド作成はこの1ヶ月、最後のギリギリまでボスの指導のもと、分析、結果、考察、結論までやり直した。

「チャンスをください」と食らいついてよかった。全然違った視点が開けた。

 

 


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後輩くんと

 

本来なら、毎年 発表会の後は先輩後輩入り乱れてお祝いの同窓会(大宴会)となるらしいが、今年は自粛。

去年の先輩は発表会も謝恩会も修了式も寸前で全てキャンセルになった。準備もすべてしていたというのに。先輩に聞いたら「修了式がなかったからちゃんと終わった気がしない」と言ってた。本当にお気の毒なことだ。

 

発表の場がもてるだけでも本当にありがたいことである。先生方やこの日のために何日も準備してくれた後輩たちには感謝してもしきれない。

 

じつは2年間の在学中、老年看護学会などへの参加を逃してしまっている。

ボスからは事前に、今日の発表会に臨む姿勢に対する指導があった。これはフォーマルな発表の場であると心得よと。

修士修了生としては、発表だけでなく、フロアからの質問についても「サポーティブな質問」「議論を深める質問」など、質疑からも学ぶこと。これは自分以外の発表者に対する質疑の方が学べる。自分は研究や結果をどのように理解したのか、質問者はどの側面に注目したのかなど。
修了生は今後、こうした研究発表会を主催したり、研究指導するためにも「上手な質問」ができる人になる必要があると。
研究者の研究趣旨に沿った質問をすること、研究者にとっても励みになるような聞き方をすること、などなど。これはダイレクトケアにもコンサルにもすべてに共通する「まず研究者の立場に立って知ろうとしたことを理解」することであり、現象の立場から研究結果がどのように参考になるか」を受けとめることであると。
 

つまりすべてが学びの機会であるということだ。

 

 

発表会後、ボスの研究室にお礼にうかがった。

 

ちょっと誉めてもらえるかな~なんて淡い期待を抱いていたが、「お疲れ様でした」「質問の意図は分かりましたか」、あと今後の学会発表用の論文を仕上げましょう、みたいな。

 

甘かった(笑)

 

ちょうど去年の今頃のブログに、やっと研究テーマにたどり着いたと書いてあった。

 

あれから1年。

こうして集大成として発表できるなんて夢のようである。

 

 

ただただ、ありがとうございます!